おくの細道 （自筆本）（弐）
おくのほそ道（素龍本）「白河関～壷碑」
心もとなき日数重るまゝに白河の
心許なき日かす重るまゝに白川
関にかゝりて旅心定りぬ
の関にかゝりて旅心定りぬいかて
いかてみやこへと便もとめしも
都へと便求しも断也中にも
断りなり中にも此関は三関の
此関は三関の一にして風騒の人
一にして風騒の人こゝろをとゝむ
心をとゝむ秋風を耳に残し
秋風を耳に残しもみちを俤
紅葉を俤にして青葉の梢猶
にして青葉の梢猶あはれ也
卯の花の白妙に茨の花の咲そひて
あはれ也卯の花の白妙に茨の
雪にもこゆるこゝちそする
花の咲そひて雪にもこゆる心
古人冠をたゝし衣装を改
地そする古人冠を正し衣装を
し事なと清輔の筆にもとゝめ
改し事なと清輔の筆にもとゝめ
置れしとそ
置れしとそ
卯の花をかさしに関の晴着哉 曽良
卯の花をかさしに関の晴着かな 曽良
兎角して越行まゝにあふくま川
とかくして越行まゝにあふくま
をわたる左りに会津根高く右に
川を渡る左に会津根高く右
岩城相馬蓑張の庄常陸下野の地をさかひて
に岩城相馬三春の庄常陸下埜
山つらなるかけ沼と云所を行にけふは空
の地をさかひて山つらなるかけ沼と
曇りて物影うつらす須か川の
云所を行に今日は空曇て物
驛に等窮といふものをたつねて
影うつらすすか川の驛に等窮
四五日とゝめらる先白河の関いかに
といふものを尋て四五日とゝめらる
こえつるにやと問長途のくるしみ身心
先白河の関いかにこえつるやと
つかれ且は風景に魂うはゝれ懐旧
問長途のくるしみ身心つかれ且は
に腸を断てはかはかしうおもひ
風景に魂うはゝれ懐旧に腸を
めくらさす
断てはかはかしう思ひめくらさす
風流の初やおくの田植うた
風流の初やおくの田植うた
無下にこえんもさすかにと語れは
無下にこえんもさすかにと語れは
脇第三とつゝけて一巻となしぬ
脇第三とつゝけて三巻となしぬ
この宿の傍に大き成栗の木陰をたのみて
此宿の傍に大きなる栗の木陰
世をいとふ僧有橡ひろふ太山もか
をたのみて世をいとふ僧有橡ひ
やと閒に覚られてものに書付侍ル
ろふ太山もかくやと閒に覚られて
其詞
ものに書付侍る其詞
栗といふ文字は栗の木と
栗といふ文字は西の木と書て
書て西方浄土に便ありと
西方浄土に便ありと行基菩薩
行基菩薩の一生杖にも
の一生杖にも柱にも此木を用
柱にも此木を用玉ふとかや
玉ふとかや
世の人の見付ぬ花や軒の栗
世の人の見付ぬ花や軒の栗
等窮か宅を出て五里計檜皮
等窮か宅を出て五里計檜皮
の宿を離れてあさか山有路より
の宿を離れてあさか山有路より
ちかし此あたり沼多しかつみ刈比
近し此あたり沼多しかつみ刈比
もやゝちかふなれはいつれの草を花
もやゝ近うなれはいつれの草を
かつみとは云そと人々に尋侍れとも
花かつみとは云そと人々に尋侍れ
更知人なし沼を尋人にとひかつみ
とも更知人なし沼を尋人に
かつみと尋ありきて日は山の端にかゝりぬ
とひかつみかつみと尋ありきて日は
二本松より右にきれて黒塚の岩屋
山の端にかゝりぬ二本松より右に
きれて黒塚の岩屋一見し
一見し福嶋に宿るあくれはしの
福嶋に宿るあくれはしのふもち摺
ふもち摺の石を尋て忍ふの里に行
の石を尋て忍ふのさとに行
はるか山陰の小里に石の半土に埋てあり
遥山陰の小里に石半土に埋て
里の童への来りてをしへけるかむかしは
あり里の童への来りて教ける
この山の上に侍しを往来の人の麦艸を
昔は此山の上に侍しを往来の人の
あらして此石を試侍るをにくみて
麦草をあらして此石を試侍を
この谷につき落せは石のおもて下
にくみて此谷につき落せは石の
さまにふしたりと云さもあるへき事もや
面下さまにふしたりと云さもある
へき事にや
早苗とる手もとやむかししのふ摺
早苗とる手もとや昔しのふ摺
月の輪の渡しを越て瀬の上と云宿に
月の輪のわたしを越て瀬の上と
出つ佐藤庄司か旧跡はひたりの山際一
云宿に出つ佐藤庄司か旧跡は
里半計に有飯塚の里鯖野と聞
左の山際一里半斗に有飯塚の里
て尋たつね行に丸山と云に尋あたる
鯖野と聞て尋たつね行に丸山と云
是庄司か旧館也麓に大手の跡な
に尋あたる是庄司か旧館也梺
と人のをしゆるにまかせて泪を落シ又
に大手の跡なと人の教ゆるにまかせ
かたはらの古寺に一家の石碑を残ス
て泪を落し又かたはらの古寺に
一家の石碑を残す中にも二人の
中にも二人の嫁かしるし先あはれなり
嫁かしるし先哀也女なれとも
をんなゝれ共かひかひ敷名の世に聞へ
かひかひしき名の世に聞えつる物
つるもの哉と袂をぬらしぬ堕涙
かなと袂をぬらしぬ堕涙の石碑
の石碑も遠きにあらす寺に入て
も遠きにあらす寺に入て茶
ちやを乞へは爰に義経の太刀弁慶か
を乞へは爰に義経の太刀弁慶
笈をとゝめて什物とす
か笈をとゝめて什物とす
弁慶か笈をもかされ帋幟
笈も太刀も五月にかされ帋幟
五月朔日の事也其夜飯塚にとまる
五月朔日の事也其夜飯塚にとま
出湯あれは湯に入て宿をかるに
る温泉あれは湯に入て宿をか
土坐に筵を敷てあやしき貧家也
るに土坐に筵を敷てあやし
ともし火もなけれはゆるりの火かけに
き貧家也灯もなけれはゐろ
寝所をまうけてふす夜に入て雷
りの火かけに寝所をまうけて
臥す夜に入て雷鳴雨しきりに
鳴雨しきりに降てふしたる上に
降て臥る上よりもり蚤蚊に
雨もりて蚤蚊にせゝられて眠らす
せゝられて眠らす持病さへ
持病さへおこりて消入計になん短
おこりて消入斗になん短夜の
夜の空もやうやう明れは又旅立ぬ猶
空もやうやう明れは又旅立ぬ
よるの名残心すゝます馬かりて桑折
猶夜の余波心すゝます馬かりて
の驛に出るはるかなる行末をかゝえ
桑折の驛に出る遥なる行
てかゝる病覚束なしといへと羇旅
末をかゝえて斯る病覚束なし
邊土の行脚捨身無常
といへと羇旅邊土の行脚捨身
の観念道路にしなんこれ
無常の観念道路にしなん是天
天の命なりと氣力聊とり直し
の命なりと気力聊とり直し
路縦横に踏て伊達の大木戸を
路縦横に踏て伊達の大木
こすあふみ摺白石の城を過て
戸をこす鐙摺白石の城を過
笠しまの郡に入れは藤中
笠嶋の郡に入れは藤中条実方
条実方の塚はいつくの程ならんと
の塚はいつくのほとならんと人にとへ
人にとへは
これより遥右に見ゆる山際の里を
は是より遥右に見ゆる山際
みのわ笠嶋と云道岨神の社かたみ
の里をみのわ笠嶋と云道祖神
の薄今に侍るとをしゆ此比の五月雨に
の社かた見の薄今にありと教ゆ
此比の五月雨に道いとあしく
道いとあしく身つかれ侍れはよそなから
身つかれ侍れはよそなから眺やりて
なかめやりて過るにみのは笠しまも
過るに蓑輪笠嶋も五月雨
五月雨の折にふれたりと
の折にふれたりと
笠嶋はいつこさ月のぬかり道
笠嶋はいつこさ月のぬかり道
岩沼宿
岩沼に宿る
武隈の松にこそ目覚る心地はすれ
武隈の松にこそめ覚る心地はすれ
根は土際より二木にわかれてむかしの
根は土際より二木にわかれて昔
姿うしなはすとしらる先能因法師おもひ
の姿うしなはすとしらる先能因
出往昔むつのかみにて下りし人此
法師思ひ出往昔むつのかみにて
木を仗て名取川の橋杭にせられたる
下りし人此木を仗て名取川
の橋杭にせられたる事なとあ
事なとあれはにや松は此たひ跡もなしとは
れはにや松は此たひ跡もなしとは
よみたり代々あるはきりあるひは植次
詠たり代々あるは仗あるひは植
なとせしと聞に今将千歳の
継なとせしと聞に今将千歳
かたちとゝのひてめてたき松のけしきに
のかたちとゝのほひてめてたき
なん侍し
松のけしきになん侍し
武隈の松みせ申せ遅桜
武隈の松みせ申せ遅桜と挙白
と挙白と云ものゝ餞別したり
と云ものゝ餞別したりけれは
けれは
桜より松は二木を三月越シ
桜より松は二木を三月越シ
名取川をわたつて仙臺に入あやめふ
名取川を渡て仙臺に入あやめ
く日也旅宿をもとめて四五日逗留す
ふく日也旅宿をもとめて四五日
爰に畫工加右衛門と云ものあり聊心
逗留す爰に畫工加右衛門と云もの
あるものと聞て知る人になるこの
あり聊心ある者と聞て知る人
もの年比さたかならぬ名ところを考置
になるこの者年比さたかならぬ
名ところを考置侍れはとて
侍れはとて一日案内す宮城野の
一日案内す宮城野の萩茂り
萩茂りあひて秋のけしきおもひ
あひて秋の気色思ひやらるゝ
やらる玉田よこ野つゝしかおかはあせひ
玉田よこ野つゝしか岡はあせひ
咲比也日かけもゝらぬ松の林に
咲ころ也日影ももらぬ松の林に
入て爰を木の下と云とそむかしも
入て爰を木の下と云とそ昔も
かく露ふかけれはこそみさふらひみ
かく露ふかけれはこそみさふらひ
かさとはよみたれ薬師堂天神の
みかさとはよみたれ薬師堂天神
御社なとおかみて其日はくれぬ
の御社なと拝て其日はくれぬ猶
猶松嶋塩かまの所々畫にかきて
松嶋塩かまの所々畫に書て送る
送る且紺の染緒つけたる草鞋
且紺の染緒つけたる草鞋二足
二束はなむけすされはこそ
餞すされはこそ風流のしれもの
風流のしれもの爰に至りて
爰に至りて其実を顕す
其実をあらはす
あやめ草足に結ん草鞋の緒
あやめ艸足に結ん草鞋の緒
彼畫図にまかせてたとり行はおくの細道
かの畫図にまかせてたとり行は
の山際に十符の菅有今も年々十苻の
おくの細道の山際に十符の
菅有今も年々十苻の菅菰
菅菰を調て国守に献すと云り
を調て國守に献すと云り
壺碑 市川村多賀城に有
壺碑 市川村多賀城に有
つほの石ふみは高サ六尺餘横三尺計歟苔を
つほの石ふみは高サ六尺餘横三尺斗
穿て文字幽也四維国界之数里を印ス此城
歟苔を穿て文字幽也四維国
界之数里をしるす此城神亀元
神亀元年按察使鎮守苻将軍大野
年按察使鎮守苻将軍大野朝臣
朝臣東人之所里也天平宝字六年
東人之所里也天平宝字六年参
参議東海東山節度使同将軍恵
議東海東山節度使同将軍
美朝臣葛修造而十二月一日と有
恵美朝臣葛修造而十二月朔日
聖武皇帝の御時にあたれりむかし
と有聖武皇帝の御時に当れり
よりよみ置る哥枕多くかたり傳ふ
むかしよりよみ置る哥枕おほく
といへとも山崩川流て道あらたま
語傳ふといへとも山崩川流て道
り石は埋て土にかくれ木は
あらたまり石は埋て土にかくれ
老て若木にかはれは時移り
木は老て若木にかはれは時移り
代變して其跡たしかならぬ
代変して其跡たしかならぬ事
事のみ爰至りてうたかひなき
のみを爰に至りて疑なき千
千歳の記念今眼前に古人の心
歳の記念今眼前に古人の心
を閲す行脚の一徳存命の悦
を閲す行脚の一徳存命の
羇旅の労をわすれて泪も落る
悦ひ羇旅の労をわすれて
はかり也
泪も落るはかり也