おくの細道 （自筆本）（参）
おくのほそ道（素龍本）「末松山～立石寺」
それより野田の玉川沖の石を
それより野田の玉川沖の石を尋ぬ
尋ぬ末の松山は寺を造りて
末の松山は寺を造て末松山といふ
末松山と云松のあひあひ皆墓原
松のあひあひ皆墓はらにてはねを
にてはねをかはし枝をつらぬる
かはし枝をつらぬる契の末も終
契の末も終はかくのこときと
はかくのこときと悲しさも増りて
かなしさも増りて塩かまの浦に
塩かまの浦に入相のかねを聞五月
入逢のかねを聞五月雨の空聊
はれて夕月夜かすかに籬か嶋も
雨の空聊はれて夕月夜幽に
程ちかしあまの小舟こきつれて
籬か嶋もほと近し蜑の小舟こ
肴わかつこゑこゑに
きつれて肴わかつ聲こえにつな
綱手かなしもよみけむ哥のこゝろも
てかなしもとよみけん心もしられて
しられていとゝあはれ也其夜目盲法
いとゝ哀也其夜目盲法師の
師の琵琶をならして奥上るりと云もの
琵琶をならして奥上るりと云
をかたる平家にもあらす舞にもあらすひ
ものをかたる平家にもあらす舞
にもあらすひなひたる調子うち
なひたる調子打上て枕ちかうかしましけれと
上て枕ちかうかしましけれとさ
さすかに邊国の遺風わすれさるもの
すかに邊土の遺風忘れさるもの
から殊勝に覚えらる早朝塩竈の
から殊勝に覚えらる早朝塩かま
明神に詣つ國守再興改られて
の明神に詣國守再興せられ
宮柱ふとしく彩椽きらひやかに
て宮柱ふとしく彩椽きらひや
石の階九尋に重り朝日あけの玉
かに石の階九仭に重り朝日あ
かきをかゝやかすかゝる道の果塵土
けの玉かきをかゝやかすかゝる道の
のさかひまて神霊あらたにまします
果塵土の境まて神霊あらたに
こそ吾国の風俗なれといと貴し
ましますこそ吾国の風俗なれと
神前に古き宝燈有かねの戸ひら
いと貴けれ神前に古き宝燈有
のおもてに文治三年和泉の三郎
かねの戸ひらの面に文治三年和泉
奇進と有五百年来の俤今目
三郎奇進と有五百年来の俤
の前にうかひてそゝろに珍し
今目の前にうかひてそゝろに
渠は勇義忠孝の士也佳命今
珍し渠は勇義忠孝の士也佳命
に至りてしたはすと云事なし誠人能
今に至りてしたはすといふ事なし
道を勤義を守て佳命をおもふへし
誠人能道を勤義を守へし
名も又これにしたかふと云り
名もまた是にしたかふと云り日既
日既午にちかし船をかりて松嶋に
午にちかし船をかりて松嶋にわたる
渡ル其間二里餘小嶋の磯につく
其間二里餘雄嶋の磯につく
抑松嶋は扶桑第一の好風に
抑ことふりにたれと松嶋は扶桑第
してをよそ洞庭西湖を恥す
一の好風にして凡洞庭西湖を恥す
東南より海を入て江の中三里浙
東南より海を入て江の中三里
江の潮をたゝふ嶋しまの数を尽して
浙江の潮をたゝふ嶋しまの数を
欹ものは天を指ふすものは波に匍
尽して欹ものは天を指ふすもの
匐あるは二重にかさなり三重に
は波に匍匐あるは二重にかさなり
畳て左りにわかれ右につらなる負る
三重に畳みて左にわかれ右につら
あり抱るあり児孫愛すかことし
なる負るあり抱るあり児孫愛す
松のみとりこまやかに枝葉汐風に
かことし松の緑こまやかに枝葉
吹たはめて屈曲をのつからためた
汐風に吹たはめて屈曲をのつから
るかことし其氣色遥然として
ためたるかことし其気色遥然
美人の顔を粧ふ千早振神のむかし
として美人の顔を粧ふちはや振
大山すみのなせるわさにや造化の
神のむかし大山すみのなせるわさ
天工いつれの人か筆をふるひ詞を
にや造化の天工いつれの人か筆
尽さむ
をふるひ詞を尽さむ
小嶋か磯は地つゝきて海に成出たる嶋也雲
雄嶋か磯は地つゝきて海に出たる
居禅師の別室の跡坐禅石なと有将松
嶋也雲居禅師の別室の跡
坐禅石なと有将松の木陰に
の木陰に世をいとふ人も稀まれ見え侍りて落
世をいとふ人も稀まれ見え侍りて
ほ松笠なと打煙たる草の庵閒に住なし
落穂松笠なと打けふりたる草の
庵閑に住なしいかなる人とは
いかなる人とはしられすなから先なつかしく立
しられすなから先なつかしく立寄
寄ほとに月海に移りて昼のなかめ又
ほとに月海にうつりて昼のなかめ
あらたむ江上に帰りて宿を求れは窓を
又あらたむ江上に帰りて宿を
求れは窓をひらき二階を作て
開二階を作て風雲の中に旅寝する
風雲の中に旅寝するこそ
こそあやしきまてたへなる心地はせらるれ
あやしきまて妙なる心地はせらるれ
松島や鶴に身をかれほとゝきす 曽良
松嶋や鶴に身をかれほとゝきす 曽良
予は口をとちて眠らむとして
予は口をとちて眠らんとしていね
いねられす旧庵をわかるゝ時素堂
られす旧庵をわかるゝ時素堂
松嶋の詩有原安適松かうらしまの
松嶋の詩あり原安適松かうら
和哥を送らる袋を解てこよひの
しまの和哥を贈らる袋を解て
友とす且杉風濁子発句あり
こよひの友とす且杉風濁子か
発句あり
十一日瑞岩寺に詣當寺三十二世の
十一日瑞巌寺に詣当寺三十二
昔真壁の平四郎出家して入唐
世の昔真壁の平四郎出家して
帰朝の後開山す其後雲居禅師
入唐帰朝の後開山す其後に
の徳化に仍て七堂甍改りて
雲居禅師の徳化に依て七堂
金壁荘厳光を輝シ佛土
甍改りて金壁荘厳光を輝
成就の大伽藍とはなれりける
仏土成就の大伽藍とはなれりける
彼見佛聖の寺はいつくにやとしたはる
彼見仏聖の寺はいつくにやとしたはる
十二日平和泉と心指あねはの松
十二日平和泉と心さしあねはの松
緒たえの橋なと聞傳えて人跡
緒たえの橋なと聞傳て人跡稀
稀に雉兎蒭蕘の往かふ道そこ
に雉兎蒭蕘の往かふ道そこ
共わかす終に道ふみたかえて石
ともわかす終に路ふみたかえて
の巻といふ湊に出スこかね花咲と
石の巻といふ湊に出こかね花咲
よみて奉りたる金花山海上に見渡シ
とよみて奉たる金花山海上に
数百の迴船入江につとひ人家地をあらそ
見わたし数百の迴船入江につと
ひ人家地をあらそひて竈の
ひて竈のけふり立つゝけたりおもひ
煙立つゝけたり思ひかけす斯る
かけすかゝる処にも来れる哉と宿からん
所にも来れる哉と宿からんとすれ
とすれと更宿かす人なし漸々
と更に宿かす人なし漸まとしき
まとしき小家に一夜を明して
小家に一夜をあかして明れは
明れは又しらぬ道まよひ行袖の
又しらぬ道まよひ行袖のわたり
わたり尾ふちの牧まのゝかやはら
尾ふちの牧まのゝ萱はらなとよそ
なとよそめにみてはるかなる
めにみて遥なる堤を行心細
堤を行心ほそき長沼にそふて
き長沼にそふて戸伊摩と云所に
戸伊摩と云所に一宿して平泉に
一宿して平泉に到る其間廿
至る其間二十餘里程と覚ゆ
余里ほとゝおほゆ
三代の栄耀一睡の中にして大門の跡は
三代の栄耀一睡の中にして
一里こなたに有秀衡か跡は田野
大門の跡は一里こなたに有秀衡
になりて金鶏山のみ形を残す
か跡は田野に成て金鶏山のみ
先高館にのほれは北上川南部より
形を残す先高館にのほれは
北上川南部より流るゝ大河也
流るゝ大河也衣川は和泉か城を
衣川は和泉か城をめくりて高館
めくりて高館の下にて大河に落入
の下にて大河に落入泰衡等か
泰衡等か旧跡は衣か関を隔て
旧跡は衣か関を隔て南部口
南部口を指かためゑそをふせくと
をさし堅め夷をふせくとみえたり
見えたり扨も義臣すくつて此城に
偖も義臣すくつて此城に
籠り功名一時の草村となる
こもり功名一時の叢となる国破
国破れて山河あり城春にして
れて山河あり城春にして草
青々たりと笠打敷て時のう
青みたりと笠打敷て時のう
つるまてなみたを落し侍りぬ
つるまて泪を落し侍りぬ
夏艸や兵共か夢の跡
夏草や兵ともか夢の跡
卯花に兼房みゆる白毛哉 曽良
卯の花に兼房みゆる白毛かな 曽良
兼て耳驚したる二堂開帳す経堂は
兼て耳驚したる二堂開帳
す経堂は三将の像をのこし
三将の像を残し光堂は三代の棺を
光堂は三代の棺を納め三尊の
納メ三尊の佛を安置す七宝散うせて
佛を安置す七宝散うせて
玉の扉風に破れ金の柱霜雪に朽て
珠の扉風にやふれ金の柱霜
既頽廃空虚の草村となるへきを
雪に朽て既頽廃空虚の叢
四面新に囲て甍を覆て風雨を凌
と成へきを四面新に囲て甍
暫時千歳の記念とはなれり
を覆て風雨を凌暫時千歳
の記念とはなれり
五月雨や年々降て五百たひ
五月雨の降のこしてや光堂
蛍火の昼は消つゝ柱かな
南部道はるかに見やりて岩手の
南部道遥にみやりて岩手の
里に泊る小黒崎水の小嶋を過て
里に泊る小黒崎みつの小嶋を
なるこの湯より尿前の関にかゝ
過てなるこの湯より尿前の関
りて出羽の国に越むとす此路
にかゝりて出羽の国に越んとす
旅人稀なる処なれは関守に
此路旅人稀なる所なれは
あやしめられて漸にして関を
関守にあやしめられて漸として
こす大山をのほつて日既暮け
関をこす大山をのほつて
れは封人の家を見かけて舎リ
日既暮けれは封人の家を見
を求ム三日風雨あれてよし
かけて舎を求む三日風雨あれ
なき山中に逗留す
てよしなき山中に逗留す
蚤虱馬の尿する枕もと
蚤虱馬の尿する枕もと
あるしの云これより出羽の国に
あるしの云是より出羽の国に
大山を隔て道さたかならされは
大山を隔て道さたかならさ
道しるへの人を頼みて越へきよしを
れは道しるへの人を頼て越へき
申さらはと云て人を頼侍れは
よしを申さらはと云て人を
究竟の若もの脇差をよこたへ樫の
頼侍れは究竟の若者反脇差
をよこたえ樫の杖を携て我われか
杖を携て我われか先に立て行
先に立て行けふこそ必あや
けふこそ必あやうきめにもあふへき
うきめにもあふへき日なれと
日なれと辛きおもひをなして
辛き思ひをなして後について
後について行あるしの云にたかはす
行あるしの云にたかはす高山
高山森しんとして一鳥聲きかす木
森々として一鳥聲きかす木の
の下闇茂りあひて夜ル行かことし
下闇茂りあひて夜る行かことし
雲端に土ふる心地して篠の中踏分
雲端につちふる心地して
踏分水をわたり岩につまついて
篠の中踏分踏分水をわたり岩
肌につめたき汗を流して最上の
に蹶て肌につめたき汗を流
して最上の庄に出つかの
庄に出ス彼案内せしおのこの云やう
案内せしおのこの云やう此みち
この道必不用の事有つゝかなう送り
必不用の事有恙なうをくり
まいらせて仕合したりとよろこひて
まいらせて仕合したりとよろこひて
わかれぬ跡に聞てさへ胸とゝろく
わかれぬ跡に聞てさへ胸とゝろく
のみ也
のみ也
尾花澤にて清風と云ものを尋ぬ
尾花澤にて清風と云者を尋
かれは冨るものなれとも心さしさす
ぬかれは冨るものなれとも志いやし
かにいやしからす都にも折々かよひて
からす都にも折々かよひてさ
旅の情をもしりたれは日比とゝめて
すかに旅の情をも知たれは日比
長途のいたはりさまさまともてなし侍る
とゝめて長途のいたはりさまさまに
もてなし侍る
凉しさを我宿にしてねまる也
凉しさを我宿にしてねまる也
這出よかいやか下のひきのこゑ
這出よかひやか下のひきの聲
まゆはきを俤にして紅粉の花
まゆはきを俤にして紅粉の花
子飼する人は古代の姿哉 曽良
蚕飼する人は古代のすかた哉 曽良
山形領に立石寺と云山寺有
山形領に立石寺と云山寺あり
慈覚大師の開記にして殊清閑の
慈覺大師の開基にして殊清
地也一見すへきよし人々のすゝむるに
閑の地也一見すへきよし人々
仍て尾花沢よりとつて返し其間
のすゝむる依て尾花沢より
七里計なり日いまた暮す麓の
とつて返し其間七里はかり也
日いまた暮す梺の坊に宿かり
坊に宿かり置て山上の堂に登ル
置て山上の堂にのほる岩に
岩に岩尾を重て山とし松栢年ふり
巌を重て山とし松栢年旧
土石老て苔なめらかに岩上の院々
土石老て苔滑に岩上の院々
扉を閉て物の音きこえす岸をめくり
扉を閉て物の音きこえす岸
岩を這て佛閣を拝し佳景寂莫
をめくり岩を這て仏閣を拝し
としてこゝろすみ行のみ覚ゆ
佳景寂寞として心すみ行のみおほゆ
閑さや岩にしみ入蝉の聲
閑さや岩にしみ入蝉の聲