おくの細道 （自筆本）（四）
おくのほそ道（素龍本）「最上川〜越中路」
もかみ川乗らんと大石田と云処に
最上川のらんと大石田と云所に
日和を待爰に古き徘諧のたね
日和を待爰に古き誹諧の種
落こほれてわすれぬ花のむかしを
こほれて忘れぬ花のむかしをした
したひ芦角一聲の心をやはらけ此
ひ芦角一聲の心をやはらけ
道にさくりあしして新古ふた道に
此道にさくりあしゝて新古ふた
ふみまよふといへとも道しるへする人し
道にふみまよふといへともみち
なけれはとわりなき一巻を残しぬ
しるへする人しなけれはとわり
このたひの風流爰にいたれり
なき一巻残しぬこのたひの風流
爰に至れり
最上川はみちのくより出て山形を
最上川はみちのくより出て山形
水上とすごてんはやぶさなと云お
を水上とすこてんはやふさなと云
そろしき難所有板敷山の北を
おそろしき難所有板敷山の北
流て果は酒田の海に入左右山
を流て果は酒田の海に入左右山
おほひ茂みの中に船を下ス
覆ひ茂みの中に船を下す是
に稲つみたるをやいな船といふならし
これをいなふねと云白糸の瀧は青葉
白糸の瀧は青葉の隙ひまに落て
の隙ひまに落て仙人堂岸に臨て立
仙人堂岸に臨て立水みな
水みなきつて舟あやうし
きつて舟あやうし
さみたれをあつめて早し最上川
五月雨をあつめて早し最上川
六月三日羽黒山に登る図司左吉
六月三日羽黒山に登る図司左吉
と云ものを尋て別當代會覚阿
と云者を尋て別当代會覚阿
闍梨に謁す南谷の別院に舎して
闍梨に謁す南谷の別院に
憐愍の情こまやかにあるしせらる
舎して憐愍の情こまやかに
あるしせらる
四日於本坊俳諧興行
四日本坊にをゐて誹諧興行
有難や雪をかほらす南谷
有難や雪をかほらす南谷
五日権現に詣當山開闢能除大師は
五日権現に詣當山開闢能除
いつれの代の人と云事をしらす
大師はいつれの代の人と云事を
延喜式に羽州里山の神社と有書
しらす延喜式に羽州里山の神
写黒の字誤て里山となせるにや羽
社と有書冩黒の字を里山と
州黒山を中略して羽黒山と云にや
なせるにや羽州黒山を中略し
て羽黒山と云にや出羽といへるは
鳥の毛羽を此國の貢に献ると
風土記に侍とやらん月山湯殿
月山湯殿を合て三山とす當寺
を合て三山とす當寺武江東
武江東叡に属して天台止観の
叡に属して天台止観の月明
月明らかに円頓融通の法の燈かゝけ
らかに円頓融通の法の灯かゝけ
そひて僧坊棟をならへ修驗行
そひて僧坊棟をならへ修験
法を勵し霊山霊地の校驗人貴ひ
行法を勵し霊山霊地の験
且恐る繁栄長にして目出度御山
効人貴且恐る繁栄長にして
と可謂
めて度御山と謂つへし
八日月山に登ルに木綿しめ身に引かけ
八日月山にのほる木綿しめ身
寳冠に頭を包強力と云ものに
に引かけ寳冠に頭を包強力
道ひかれて雲霧山氣の中に
と云ものに道ひかれて雲霧山
氷雪を踏てのほる事八里更に
気の中に氷雪を踏てのほる
日月行道の雲関に入かとあやしまれ
事八里更に日月行道の雲関
息絶身こゝえて項上に至れは
に入かとあやしまれ息絶身こゝえて
日没て月あらはる笹を鋪篠を
項上に臻れは日没て月顕る
枕として臥て明るを待日出て雲
笹を鋪篠を枕として臥て
消れは湯殿に下ル
明るを待日出て雲消れは
湯殿に下る
谷の傍に鍛冶小屋と云有此國の鍛
谷の傍に鍛冶小屋と云有此国の
冶霊水を撰て爰に潔斎して
鍛冶霊水を撰て爰に潔斎
釼を打終月山と銘を切て世に
して釼を打終月山と銘を切
棠せらる彼龍泉に釼を淬とかや
て世に賞せらる彼龍泉に剣
干将莫耶の昔をしたふ道に堪
を淬とかや干将莫耶のむかしを
能の執あさからぬ事しられたり
したふ道に堪能の執あさからぬ
事しられたり岩に腰かけて
岩に腰かけてしはしやすらふ程
しはしやすらふほと三尺はかりなる
三尺計なる桜のつほみ半にひらける
桜のつほみ半はひらけるありふり
ありふり積雪の下に埋てはるをわ
積雪の下に埋て春を忘れぬ
すれぬ遅桜の花の心わりなし
遅さくらの花の心わりなし炎天の
炎天の梅花爰にかほるかことし
梅花爰にかほるかことし行尊
行尊親王の哥の哀も増りて覚ゆ
僧正の哥の哀も爰に思い出て
惣而此山中の微細行者の法式として
猶まさりて覚ゆ惣而此山中の
他言する事を禁す仍て筆をとゝめて
微細行者の法式として他言する
しるさす
事を禁す仍て筆をとゝめて記さす
坊に帰れは阿闍梨の求に仍て
坊に帰れは阿闍梨の需に依て
三山順礼の句々短冊に書
三山順礼の句々短冊に書
凉しさやほの三か月の羽黒山
凉しさやほの三か月の羽黒山
雲の峯幾つ崩て月の山
雲の峯幾つ崩て月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂哉
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
湯殿山銭ふむ道のなみた哉 曽良
湯殿山銭ふむ道の泪かな 曽良
羽黒を立て鶴か岡の城下長山氏
羽黒を立て鶴か岡の城下長山
重行と云ものゝふの家にむかへられて
氏重行と云物のふの家にむかへ
俳諧一巻有左吉も共に送りぬ
られて誹諧一巻有左吉も共に
川舟に乗て酒田のみなとに下ル
送りぬ川舟に乗て酒田の湊
淵庵不玉と云醫師の許を宿とす
に下る淵庵不玉と云醫師の許
を宿とす
あつみ山や吹浦かけて夕すゝみ
あつみ山や吹浦かけて夕すゝみ
暑き日を海にいれたる最上川
暑き日を海にいれたり最上川
江山水陸の風光数を尽して今象潟に
江山水陸の風光数を尽して
方寸を責酒田の湊より東
今象潟に方寸を責酒田の湊
北の方山を越磯をつたひいさこを踏
より東北の方山を越磯を傳ひ
て其際十里日影やゝかたふく比
いさこをふみて其際十里日影
汐風真砂を吹上雨朦朧として
やゝかたふく比汐風真砂を吹上
鳥海の山かくる闇中に莫作して
雨朦朧として鳥海の山かくる
雨も又奇也とせは雨後の晴色又
闇中に莫作して雨も又奇也と
頼母敷と蜑の苫屋に膝を入て雨の
せは雨後の晴色又頼母敷と蜑
の苫屋に膝をいれて雨の晴
晴るゝを待其朝天能晴て朝日
を待其朝天能霽て朝日花
花やかに指出る程に象潟に舟をうかふ
やかにさし出る程に象潟に舟を
先能因嶋に舟をよせて三年幽
うかふ先能因嶌に舟をよせて
居の跡をとふらひむかふの岸に舟
三年幽居の跡をとふらひむかふの
をあかれは花の上こくとよまれし
岸に舟をあかれは花の上こくと
桜の老木西行法師の記念を残ス
よまれし桜の老木西行法師
の記念をのこす江上に御陵
江上に御陵あり神功后宮の
あり神功后宮の御墓と云寺
御墓と云寺を干満珠寺と云
を干満珠寺と云此処に行幸
この処に御幸ありし事いまたき
ありし事いまた聞すいかなる
かすいかなる故ある事にや此寺の
事にや此寺の方丈に座して
方丈に坐して簾を捲は風景
簾を捲は風景一眼の中に
一眼の中に尽て南に鳥海天を
尽て南に鳥海天をさゝえ
さゝえ其陰うつりて江に有西は
其陰うつりて江にあり西はむやむや
むやむやの関路をかきり東に堤
の関路をかきり東に堤を築て
を築て秋田にかよふ道遥に海北に
秋田にかよふ道遥に海北にかま
かまへて波打入るゝ処を汐こしと云
えて浪打入る所を汐こしと
江の縦横一里はかり俤松嶋に
云江の縦横一里はかり俤松嶋に
かよひて又異なり松しまはわらふかことく
かよひて又異なり松嶋は笑ふか
象潟はうらむかことしさひしさに
如く象潟はうらむかことし寂し
かなしひをくはへて地勢魂をなや
さに悲しみをくはえて地勢魂
ますに似たり
をなやますに似たり
象潟や雨に西施かねふの花
象潟や雨に西施かねふの花
汐越や鶴はきぬれて海凉し
汐越や鶴はきぬれて海凉し
祭礼
祭礼
象潟や料理何くふ神祭 曽良
象潟や料理何くふ神祭 曽良
蜑の家や戸板を敷て夕すゝみ 美濃国商人 低耳
蜑の家や戸板を敷て夕凉 みのゝ国の商人 低耳
岩上に雎鳩の巣を見る
岩上に雎鳩の巣をみる
波こえぬ契ありてやみさこの巣 曽良
波こえぬ契ありてやみさこの巣 曽良
酒田の余波日を重て北陸道の
酒田の余波日を重て北陸道の
雲に望遥遥のおもひ胸をいた
雲に望遥々のおもひ胸をいた
ましめて加賀の苻まて百三十
ましめて加賀の府まて百卅里
里と聞鼠の関をこゆれは
と聞鼠の関をこゆれは越後
越後の地に歩行を改て越中
の地に歩行を改て越中の
の国一ふりの関に至る此間九日
国一ふりの関に到る此間九日
暑湿の労に神をなやまし病をこりて
暑湿の労に神をなやまし
事をしるさす
病おこりて事をしるさす
文月や六日も常の夜には似す
文月や六日も常の夜には似す
荒海や佐渡によこたふ天河
荒海や佐渡によこたふ天河
けふは親しらす子しらす犬もとり駒返し
今日は親しらす子しらす犬もとり
なと云北国一の難所を越てつかれ
駒返しなと云北国一の難所を
侍れは枕引よせて寝たるに一間隔て
越てつかれ侍れは枕引よせて
寝たるに一間隔て面の方に
面の方に若きをんなの聲二人計ときこゆ
若き女の聲二人斗ときこゆ
年老たるおのこの声も交て物語する
年老たるおのこの声も交て
をきけは越後の国新潟と云処の
物語するをきけは越後の国新
遊女成し伊勢に参宮するとて
潟と云所の遊女成し伊勢参宮
此関まておのこの送りてあすは古里に
するとて此関まておのこの送りて
かへす文したゝめはかなき言傳なと
あすは古郷にかへす文したゝめて
はかなき言傳なとしやる也白浪
しやる也白波のよする汀に身をはふら
のよする汀に身をはふらかし
かしあまのこの世をあさましう下りて
あまのこの世をあさましう下り
定めなき契日々の業因いかにつた
て定めなき契日々の業因い
なしと物云を聞くきく寝入てあし
かにつたなしと物云をきくきく
た旅立に我われにむかひて
寝入てあした旅立に我われに
行末しらぬ旅路のうさあまり覚
むかひて行末しらぬ旅路の
束なう悲しく侍れは見えかくれに
うさあまり覚束なう悲しく
侍れは見えかくれにも御跡をした
も御跡をしたひ侍ん衣の上の御情
ひ侍ん衣の上の御情に大慈の
に大慈のめくみをたれて結縁せさ
めくみをたれて結縁せさせ玉へ
せ玉へとなみだを落す不便の
と泪を落す不便の事には
事にはおもい侍れ共我われは
侍れとも我われは所々にてとゝ
所ところにてとゝまる方おほし
まる方おほし只人の行にまか
唯人の行にまかせて行へし
神明の加護必つゝかなかるへ
せて行へし神明の加護かならす
しと云捨て出つゝあはれさ
恙なかるへしと云捨て出つゝ
しはらくやまさりけらし
哀さしはらくやまさりけらし
一家に遊女もねたり萩と月
一家に遊女もねたり萩と月
曽良にかたれは書とゝめ侍る
曽良にかたれは書とゝめ侍る
くろへ四十八ケ瀬とかや数しらぬ川を
くろへ四十八か瀬とかや数しら
わたりて那古と云浦に出擔籠の藤
ぬ川をわたりて那古と云浦に
波は春ならす共初秋のあはれ
出擔籠の藤浪は春ならすとも
とふへきものをと人に尋れは是より
初秋の哀とふへきものをと
人に尋れは是より五里いそ
五里磯つたひしてむかふの山陰に入
傳ひしてむかふの山陰にいり
蜑の芦ふきかすかなれは一夜の宿
蜑の苫ふきかすかなれは蘆
かすものあるましと云いおとされて
の一夜の宿かすものあるましと
かゝの国に入
いひをとされてかゝの国に入
わせの香や分入右は有そ海
わせの香や分入右は有磯海