おくの細道 （自筆本）（五）
おくのほそ道（素龍本）「金沢〜大垣」
卯の花山くりからか谷をこえて金
卯の花山くりからか谷をこえて
澤は七月中の五日也爰に大坂より
金沢は七月中の五日也爰に
かよふ商人何處と云ものありそれか
大坂よりかよふ商人何處と云者
旅宿をともにす
有それか旅宿をともにす
一笑と云ものは此道にすける名の
一笑と云ものは此道にすける名の
ほのほの聞へて世に知人も侍しに去年
ほのほの聞えて世に知人も侍し
の冬早世したりとて其兄追善
に去年の冬早世したりとて
を催すに
其兄追善を催すに
塚もうこけ我泣聲は秋の風
塚も動け我泣聲は秋の風
ある草庵にいさなはれて
ある草庵にいさなはれて
秋すゝし手毎にむけや瓜天茄
秋凉し手毎にむけや瓜茄子
途中吟
途中吟
あかあかと日は難面も秋の風
あかあかと日は難面もあきの風
小松と云処にて
小松と云所にて
しほらしき名や小松吹萩薄
しほらしき名や小松吹萩すゝき
此所太田の神社に詣斎藤別
此所太田の神社に詣真盛か
当真盛か甲錦の切あり往昔
甲錦の切あり往昔源氏に
源氏に属せし時義朝公より玉はらせ玉ふとかや
属せし時義朝公より玉らせ給
けにも平士のものにあらす目庇より
とかやけにも平士のものにあらす
吹返しまて菊から艸のほりもの金
目庇より吹返しまて菊から
草のほりもの金をちりはめ龍頭
をちりはめ龍頭に鍬形打たり
に鍬形打たり真盛討死の後
真盛討死の後木曽義仲願
木曽義仲願状にそへて此社
状にそへて此社にこめられ侍る
にこめられ侍よし樋口の次郎
よし樋口の次郎か使せし事共
か使せし事共まのあたり
まのあたり縁紀に見えたり
縁紀にみえたり
むさんやな甲の下のきりきりす
むさんやな甲の下のきりきりす
山中の温泉に行ほと白根か嶽
山中の温泉に行ほと白根
跡に見なしてあゆむ左りの山際に
か嶽跡にみなしてあゆむ
観音堂有花山の法皇三十三所
左の山際に観音堂あり花
山の法皇三十三所の順礼
の順礼とけさせ玉ひて後大慈大悲の
とけさせ玉ひて後大慈大悲
像を安置し玉ひて那谷と名付玉ふと也
の像を安置し玉ひて那谷
と名付玉ふとや那智谷組の
那智谷組の二字をわかち侍しとそ
二字をわかち侍しとそ奇
奇石さまさまに古松植ならへて
石さまさまに古松植ならへて
萱ふきの小堂岩の上に造り
萱ふきの小堂岩の上に
かけて殊勝の土地也
造りかけて殊勝の土地也
石山の石より白し秋の風
石山の石より白し秋の風
温泉に浴す其功有馬に次と云
温泉に浴す其功有馬に次と
云
山中や菊はたをらぬ湯の匂
山中や菊はたおらぬ湯の匂
あるしとするものは久米之助とて
あるしとする物は久米之助とて
いまた小童也かれか父俳諧を好て
いまた小童也かれか父誹諧を
洛の貞室若輩のむかし爰に
好み洛の貞室若輩のむかし
来りし比風雅に辱られて洛
爰に来りし比風雅に辱し
に帰りて貞徳の門人となつて世に
められて洛に帰て貞徳の門人
となつて世にしらる功名の
しらる功名の後此一村判詞の料を請す
後此一村判詞の料を請すと
と云今更むかし物かたりとは成ぬ
云今更むかし語とはなりぬ
曽良は腹を病て伊勢の国長嶋
曽良は腹を病て伊勢の国
と云処にゆかりあれは先立て旅
長嶋と云所にゆかりあれは
立行に
先立て行に
ゆきゆきてたふれ伏共萩の原 曽良
行ゆきてたふれ伏とも萩の原 曽良
と書置たり行ものゝ悲しみ残る
と書置たり行ものゝ悲しみ
ものゝうらみ隻鴨のわかれて雲に
残ものゝうらみ隻鳧のわかれて
まよふかことし予も又
雲にまよふかことし予も又
けふよりや書付消さん笠の露
今日よりや書付消さん笠の露
大聖持の城外全昌寺と云寺に
大聖持の城外全昌寺といふ
泊る猶かゝの地也曽良も前の
寺にとまる猶加賀の地也
夜此寺に泊て
曽良も前の夜此寺に泊て
終宵秋風聞やうらの山
終宵秋風聞やうらの山
と残す一夜の隔千里におなし
と残す一夜の隔千里に同し
我も秋風を聴て衆寮に臥
吾も秋風を聞て衆寮に
明ほのゝ空ちかふ讀経聞ゆるに鐘板
臥は明ほのゝ空近う讀経
聲すむまゝに鐘板鳴て
鳴て食堂に入けふは越前の
食堂に入けふは越前の国
国へと心早卒にして堂下に下ル
へと心早卒にして堂下に
若き僧共紙硯をかゝへて階の
下るを若き僧とも紙硯を
もとまて追来ル折節庭中の
かゝえ階のもとまて追来る
柳散れは
折節庭中の柳散れは
庭掃て出はや寺に散柳
庭掃て出はや寺に散柳
とりあへぬ一句草鞋なから書捨ツ
とりあへぬさまして草鞋な
越前の境吉崎の入江を舟に
から書捨つ越前の境吉崎
の入江を舟に棹して汐
棹指て汐越の松を尋
越の松を尋ぬ
終宵嵐に波をはこはせて
終宵嵐に波をはこはせて
月をたれたる汐越の松 西行
月をたれたる汐越の松 西行
この一首にて数景尽たり若一
此一首にて数景尽たりもし
辨を加ルものは無用の指を立るかこ
一辨を加るものは無用の指を
とし
立るかことし
丸岡天龍寺の長老古き因あれは
丸岡天龍寺の長老古き因
尋ぬ又金沢の北枝と云ものかりそ
あれは尋ぬ又金沢の北枝
といふものかりそめに見送りて
めに見送りて此處まてしたひ来ル所々
此處まてしたひ来る所々の
の風景過さすおもひつゝけて
風景過さす思ひつゝけて
折節あはれなる作意なと聞ゆ
折節あはれなる作意なと
今既別に望みて
聞ゆ今既別に望みて
物書て扇引割名残哉
物書て扇引さく余波哉
五十丁山に入て永平寺を礼す道元
五十丁山に入て永平寺を礼
禅師の御寺也邦機千里を避て
す道元禅師の御寺也邦機
千里を避てかゝる山陰に
かゝる山陰に跡を残し玉ふも貴き
跡をのこし玉ふも貴きゆへ
故有とかや
有とかや
福井は三里計なれは夕飯した
福井は三里計なれは夕飯
ためて出るにたそかれの道たと
したゝめて出るにたそかれの
たとし爰に等栽と云古き
路たとたとし爰に等栽と云
隠士有いつれの年にや江戸に
古き隠士有いつれの年にか
来りて予を尋遥十とせ餘り也
江戸に来りて予を尋遥
十とせ餘り也いかに老さらほひ
いかに老さらほひて有にや将死け
て有にや将死けるにやと人に
るにやと人に尋侍れはいまた
尋侍はいまた存命して
存命してそこそことをしゆ
そこそこと教ゆ市中ひそかに
市中ひそかに引入てあやしの
引入てあやしの小家に夕顔
小家に夕顔へちまのはかゝり鶏
へちまのはえかゝりて鶏頭はゝ
頭はゝ木ゝに戸ほそをかくす扨
木ゝに戸ほそをかくすさては
は此うちにこそと門を扣は侘し
此うちにこそと門を扣は侘し
けなる女の出ていつくよりわたり
けなる女の出ていつくより
玉ふ道心の御坊にやあるしは
わたり玉ふ道心の御坊にやあるしは
このあたり何某と云ものゝ方に行
此あたり何かしと云ものゝ方に行
ぬもし用あらは尋玉へと云かれか
ぬもし用あらは尋玉へといふ
妻なるへしとしらるむかし物
かれか妻なるへしとしらる
かたりにこそかゝる風情は侍れと
むかし物かたりにこそかゝる風
情は侍れとやかて尋あひて
やかて尋あひて其家に二夜
その家に二夜とまりて
とまりて名月はつるかの湊に
名月はつるかのみなとにと
と旅立等栽も共に送らんと裾
たひ立等栽も共に送らんと
おかしうからけて道の枝折とうかれ
裾おかしうからけて路の枝
折とうかれ立漸白根か嶽
立漸白根か嶽かくれて比那か
かくれて比那か嵩あらはる
嵩あらはるあさむつの橋をわ
あさむつの橋をわたりて玉江
たりて玉江の芦は穂に出けり
の蘆は穂に出にけり鶯
鶯の関を過て湯尾峠を越れ
の関を過て湯尾峠を
は火打か城かへる山に初鴈を聞
越れは燧か城かへるやま
て十四日の夕暮つるかの津に
に初鴈を聞て十四日の夕
くれつるかの津に宿を
宿をもとむ
もとむその夜月殊晴たり
其夜月殊晴たりあすの夜もかく
あすの夜もかくあるへきにや
あるへきにやといへは越路のならひ
といへは越路の習ひ猶明夜
明夜の陰晴はかり難しとあるしに
の陰晴はかりかたしとあるし
酒すゝめられてけいの明神に夜参す
に酒すゝめられてけいの明神
仲哀天皇の御廟也社頭神さひて
に夜参す仲哀天皇の御
廟也社頭神さひて松の木
松の木間に月のもり入たるおまへの
の間に月のもり入たるおまへ
白砂霜を敷るかことし往昔
の白砂霜を敷るかことし
遊行二世の上人大願發起の事
往昔遊行二世の上人大願
ありてみつから葦を刈土石を荷
發起の事ありてみつから草
を刈土石を荷ひ泥渟を
泥渟をかはかせて参詣往来の煩
かはかせて参詣往来の煩
なし古例今にたえす神前に
なし古例今にたえす神前
真砂を荷ひ玉ふこれを遊行砂持
に真砂を荷ひ玉ふこれを
と申侍ると亭主のかたりける
遊行の砂持と申侍ると亭主
のかたりける
月清し遊行のもてる砂の上
月清し遊行のもてる砂の上
十五日亭主の詞にたかはす雨降
十五日亭主の詞にたかはす
雨降
名月や北国日和定なき
名月や北国日和定なき
十六日空晴たれはますほの小貝ひろ
十六日空霽たれはますほの
はんと種の濱に舟を走す海上七
小貝ひろはんと種の濱に舟を
里あり天屋何某と云もの破籠さゝ
走す海上七里あり天屋何某
と云もの破籠小竹筒なとこま
へなとこまやかにしたゝめさせ僕あ
やかにしたゝめさせ僕あまた
また舟にとりのせて追風時の間に
舟にとりのせて追風時の
吹付ぬ濱はわつかなる蜑の小家
まに吹着ぬ濱はわつか
なる海士の小家にて侘し
にて侘しき法華寺有爰にちや
き法花寺あり爰に茶を飲
をのみ酒をあたゝめて夕暮のさひしさ
酒をあたゝめて夕くれのさ
感に堪たり
ひしさ感に堪たり
さひしさやすまに勝たる濱の秋
寂しさや須磨にかちたる濱の秋
浪の間や小貝にましる萩の塵
浪の間や小貝にましる萩の塵
其日の日記等栽に筆をとらせて
其日のあらまし等栽に
寺に残ス
筆をとらせて寺に残す
露通もこのみなと迄出むかひてみのゝ
露通も此みなとまて出
むかひてみのゝ国へと伴ふ
国へと伴ふ駒をはやめて大垣の
駒にたすけられて大垣の庄
庄に入は曽良も伊勢よりかけ合
に入は曽良も伊勢より
越人も馬をとはせて如行か家に
来り合越人も馬をとはせ
て如行か家に入集る前
入集る前川子荊口父子其外
川子荊口父子其外したし
したしき人々日夜とふらひてふた
き人々日夜とふらひて蘇
たひ蘇生のものにあふかことく且
生のものにあふかことく且
よろこひ且なけきて旅のものうさも
悦ひ且いたはる旅の物うさ
いまたやまさるに長月六日になれは
もいまたやまさるに長月
伊勢の遷宮おかまんと又ふねに
六日になれは伊勢の遷宮
乗て
おかまんと又舟にのりて
蛤のふたみに別行秋そ
蛤の
ふたみに
わかれ行秋そ